経済学の偉大な成果

1.経済学は本当に役に立つのか?

経済学は人々が暮らしやすい社会を作るための仕組みを考える学問でした(経済学とは?を参照)。もちろん我々が身近なところで経済学を応用しても構わないのですが、実際のところ、主に経済学を利用しているのは政府です。あらゆる場面で経済学を活用して、制度や政策を実行しています。

 

政府が採用する制度や政策は失敗してしまうこともありますし、全体としてはプラスでも、立場によっては不利益を被る人もいます。ですから、経済学について懐疑的な人も多いかと思います。しかし、依然と比べればずいぶんと暮らしやすい社会になっていますし、それには経済学が大きく貢献しているのです。それでは、経済学がどのようにして社会を改善してきたのかを具体的に見てみましょう。

2.経済学の「斬新で奇抜」な発想と偉大な成果

経済学の成果が応用された事例を全部で4つ紹介しますが、すべて、今では常識とさえ思われていることばかりです。しかし、これらのアイデアも提唱された当初は、あまりにも斬新かつ奇抜であったために、まともに取り合ってもらえなかったのです。経済学はどのような課題を解決し、新たな常識を築いたのでしょうか?それぞれに参考文献を紹介していますので、もっと勉強してみたい方は本も読んでみてください。

2.1.不景気を克服する(財政政策)

封建制であった社会が1800年代の産業革命によって資本主義に転じて以来、人々は工場で働き、賃金を得て暮らすようになりました。解雇されて職を失うと生活することができなくなりますので、不景気は社会的に重大な問題として扱われるようになります。しかし、当時の政府は不景気にうまく対処することができませんでした。

 

この時代は財政均衡主義という考え方が主流で、収入と支出は一致させるべきとされていました。財政赤字が積みあがると政府の信認が低下するというのが理由です。景気が悪いときは経済活動が低迷していますので財政収入は減少しますが、収支を均衡させるためには、財政支出を減らさなければなりません。このように、「不景気の時は緊縮財政」が普通の考えでした。しかし、不景気とは需要が不足している状況のことをいいますから、政府の支出削減は景気をさらに悪化させてしまいました。

 

これではいけないということで様々な研究がなされ、1936年にケインズが全く新しい財政政策を提案します。「雇用・利子および貨幣の一般理論」という著書に書かれているのですが、不景気の時は政府が積極的にカネを使うべきだというのが主張の根幹です。個人も企業もカネがないのだから、景気を刺激するためには政府がモノを買わなければならないというわけですね。ケインズの政策が広く受け入れられるようになった結果、現在では不況対策として公共投資や減税といった政策を実行されるようになりました。

 

景気を安定させる技術が向上したため、アメリカでは平均的な景気後退期間が21.6ヶ月(第一次世界大戦以前の16循環)から11.1ヶ月(第二次世界大戦以降の11循環)に短縮されました。あの2008年のリーマンショックですら、世界の主要国が財政拡大で協調したことにより18ヶ月で切り抜けることができました。1929年の世界恐慌を脱するのに43ヶ月も要したのと比較すると大きな進歩だということができます。

 

注:National Bureau of Economic Researchのデータによる

2.2.競争を促す(競争原理)

競争が必要かどうかについては様々なところで議論されていて、意見が分かれるところです。安売り合戦をすると儲けが出ないので給料が下がるであるとか、高速バス業界では参入が自由化されてから事故が増えたとか、競争に反対する理由も見当たります。感覚的に言っても、競争なんかせずにのんびりしている方が楽そうです。

 

しかし、社会はどんどん競争を進める方向に進んでいます。かつては国営だったJRも郵便局も今では民間企業として同業者と競争していますし、Docomo・ソフトバンク・auの3社寡占だった携帯市場にも続々と新たな企業が参入しています。企業に競争をさせることによって、どのように社会がよくなるのでしょうか?

 

競争があれば企業は客に選ばれなければなりませんから、品質が改善する、サービスが向上する、といったメリットが社会にもたらされます。これらは明らかに社会にとっていいことです。

 

ところが、解釈が難しいのは競争によって「価格が下がる」という変化です。安く買えるのは消費者にとってメリットですが、企業にとっては困った問題です。ですから、社会全体として望ましいのか望ましくないのかを判断することは難しいのです。経済学的に結論を言うと「望ましい」が答えなのですが、理由を説明しましょう。

 

まずは競争がない状態を考えます。企業はできるだけ多く儲けようとしますので、生産に必要なコスト(材料費・設備費・人件費・その他一切を含む)よりも高く売ります。100円で作れるのに150円で販売するというイメージですね。このとき、商品に130円の価値を見出している消費者は当然、商品を購入しません。

 

次に、競争がある状態を考えます。競争が激しいので企業は利益を上乗せすることはできません。なので、価格が限界まで下がって100円になったとしましょう。もともと売買されていた商品に注目すると、安くなった分だけ消費者は50円得をし、企業は50円利益が減っています。消費者と企業で損得はありますが、社会全体でみるとプラスマイナスゼロですね。

 

さて、ここで商品を130円と評価している消費者を考えます。今は安くなって100円なので商品を購入しますが、評価額と支払った金額の差である30円を経済学では消費者余剰といいます。評価額よりも安く買えたのでお得な気分になりました、というイメージですね。なお、企業は100円の原価で販売しているので追加の利益はゼロです。なので、社会全体でみると、競争によって新たに30円分のメリットが生じたということができます。

 

このように、競争は立場によって得をしたり損をしたりしますが、社会全体としてはプラスなのです。この経済学の結論は1980年代から政策に大きな影響を与え、民営化や自由化の推進役となっています。格安スマホのおかげで通信費はぐっと下がりましたし、格安航空会社のおかげで数千円で飛行機に乗れるようになりました。品質の改善やサービスの向上と相まって、競争のメリットが経済全体に広く行き渡るようになったのです。

2.3 渋滞をなくす(高速道路の料金設定)

まず、高速道路の「平日朝夕割引」を紹介しておきます。これは、ラッシュ時に高速道路を利用すると、料金が最大50%安くなるという制度です。需要が多いラッシュ時には料金を高くするというのが常識的な考え方(飛行機でもホテルでもカラオケでも、需要が多いときは高い)ですから、一見おかしな制度だという印象をうけます。しかし、これが渋滞を緩和するカギなのです。

 

国土交通省の調査によると、渋滞による損失額は日本全体で年間6,000億円にものぼっていて、国家としても重大な問題として認識しています。渋滞をなくす方法というと、道路の車線数をふやすとか、バイパスを作るとかが簡単に思いつきますが、これらは用地の買収も大変ですし、建設費も何千億円とかかります。財源には限りがありますから、道路は今のままで、渋滞を緩和する方法を考えなければなりません。

 

まず渋滞が発生する道路についてですが、一般道と高速道路が並行して走っている場合、ふつう渋滞するのは一般道の方です。高速道路は通行量が高いので、みんな無料の一般道を走りたいからです。なので、渋滞をなくすためには混んでいる一般道から空いている高速道路へ車を移してやる必要があります。

 

そのためには、高速道路を走るためのコスト、つまり料金を下げなければなりません。ところが、一日中安くしているのでは料金収入が減ってしまいまい問題です。なので、値下げは必要な時間帯だけ、つまりラッシュ時だけということになります。これによって、収入減を極小化しつつ(場合によっては通行台数の増加によって増収になりうる)、一般道の渋滞を解消することができます。冒頭で紹介した「平日朝夕割引」にはこんな理由があったのです。

 

ところで、近年世界的に流行している料金制度に「ピークロードプライシング」というものがあります。混雑課金ともいうのですが、これは常識通りに道路が混む時間帯に高額な通行料を徴収するというものです。一般道に通行料金を課すという制度ですので、各所に設置したカメラでナンバープレートを読み取るなどして運転者に料金を請求しているようです。日本でも観光シーズンの京都では渋滞が深刻化していますので、京都市は混雑課金の導入を検討しているようです。

 

このようにして、経済学では料金制度という「仕組み」を提案することによって、渋滞という問題の解消に貢献しているのです。

2.4 オークションを普及させる(第二価格オークション)

「ヤフオク!」をはじめとするオークションサイトの普及により、オークションはずいぶんと身近なものになりました。オークションの普及に一役買っているのが、第二価格オークションという仕組みです。

 

オークションには、第一価格と第二価格の2種類があります。第一価格では、一番高い価格を提示した人が、その入札価格で購入できます。第二価格では、1番高い価格を提示したひとが、2番目に高い価格で落札します。

 

例として下表のようにA~Eの5人が入札している状況を考えましょう。第一価格ではEさんが落札者で1500円で購入します。第二価格でも落札額はEさんですが、2番目に高い入札額が1200円ですので、1200円購入できます。

第二価格オークションについて、次の2点を考えます。

・第一価格オークションと比べて、買い手に有利で売り手に損な仕組みなのか?

・第一価格オークションよりも、どのように優れているのか?

 

まず一つ目ですが、答えからいうと「買い手にとっても売り手にとっても中立的」です。Eさんは出品物に対して1500円の価値があると考えているとしましょう。第一価格の場合は入札額で購入することになるわけですから、できるだけ安く入札しておく必要があります。あまり安くするとライバルに持っていかれますから、あまり安くはできませんが。ところが、第二価格ならば落札額は2番目に高い入札額なので、自分の入札額とは関係ありません。したがって、出品物への評価額である1500円で入札すればOKです。

 

このように、第一価格では入札額自体が低くなりますので、出品者にとって第一価格の方が望ましいとは言えません。オークション理論の研究成果によると、第一でも第二でも平均的な落札額に差が出ないことが証明されています。

 

次に2つめの問題ですが、第二価格の利点は「買い手が入札価格を考えなくてもいい」ということです。第一価格ではギリギリ落札できる価格がいくらなのか予想しなければなりません。しかし、第二価格では1500円で入札すればいいわけです。

 

なぜ1500円で入札していいのかを解説しておきます。もしも落札額が1500円を超えてしまうと、評価額よりも高いので損をしてしまいます。したがって、1500円よりも高く入札できません。逆に、1500円未満で入札したところで、安く買えるわけではありません(2番目に高い値付けが落札額だから)。ライバルに競り落とされるリスクが高くなるだけです。したがって、入札すべき金額は1500円ということになります。

 

以上説明してきた通り、第二価格オークションは買い手にとっては入札が簡単だというメリットがあります。しかも、売り手にとっても損はありません。そういうわけで、第二価格オークションを採用することで、オークションが身近なものとして普及しているのです。